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甲府地方裁判所 昭和49年(ワ)143号 判決

原告

渡辺令子

右訴訟代理人弁護士

斉藤展夫

(ほか一二名)

被告

東京電力株式会社

右代表者代表取締役

平岩外四

被告

斉藤恵司

右被告ら訴訟代理人弁護士

河村貞二

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金一〇万円及びこれに対する昭和四九年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告らの、その余を原告の各負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自、金八〇万円及びこれに対する昭和四九年七月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (当事者の地位)

被告東京電力株式会社(以下「被告会社」という。)は、肩書地(略)に本店を置き、山梨県及び関東を中心に支店営業所等を持つ発電・送電・配電を業とする会社である。

被告斉藤恵司(以下「被告斉藤」という。)は、昭和四九年二月一五日当時、被告会社の従業員で、被告会社山梨支店塩山営業所(以下単に「塩山営業所」という。)の所長の地位にあり、他方、原告は、被告会社の従業員で、当時、被告斉藤の下で塩山営業所に勤務していた者である。

2  (被告斉藤の不法行為)

(一) 思想信条の表明の強要

被告斉藤は、昭和四九年二月一五日、勤務時間中である午前八時五〇分ころ、山梨県塩山市上於曽一八四五番地所在塩山営業所内の応接室に原告を呼び出したうえ、原告と二人のみの状態で、約一時間にわたり話合いをなしたが、その際、被告斉藤は、職場の最高上司たる同被告からの呼び出しに全く心あたりがなく不審がる原告に対し、まず、「渡辺さん、この頃顔色が悪いようだけど何かあるんじゃない。」と原告の健康状態や家族のことを話題にした後、突然、「ところであなたは共産党員か。」と原告に尋ね、共産党員であるか否かという政治的思想信条の表明を原告に迫った。そして、このような質問に驚いた原告が「そんなことは会社や所長がとうに知っていることでしょう。」と返答を渋ったのに対し、被告斉藤は「いや、僕は何も知らないんだ。ただ人にね、人からどうもあなたがそうらしいと言われるんで一度聞いてみようと思って尋ねているんだ。」と原告にその回答を強い、やむなく、原告が「そうではありません。」と共産党員ではない旨答えるや、今度は、「それなら、そのことをちょっと書いて出せないかね。」と発言し、共産党員でないと言うならば、共産党員でないということを文書で明らかにしてこれを提出するよう原告に要求した。更に、被告斉藤は、そんなことを書く必要がないとして抵抗する原告に対し、原告の義理の弟で、被告会社から共産党員と目されている武井文郎(以下「武井」という。)のことを話題にとりあげ、「人がどういう考えを持っていようとそれは自由である。ただ心の中で思っているだけではかまわないけれど、実行に移されては困る。共産主義は会社とは絶対相容れないものだし、それから組合も民社党支持一本なので、そういう考えを持っているのは、組合にとっても会社にとっても大変困ることなんだ。そういうふうな考えを持っていると誤解されているあなたは損ですよ。書きなさい。」と発言したり、あるいは、「あなたは今女盛りだけど、まあ定年まで少し間があるけど、どうせ定年までいなけりゃならないんだろうから、そのためにも書いた方がいいですよ。」と人の弱味をつくような発言をしたうえ、「人がどういう考えを持っていようとそれはあくまでも自由である。心に思っているだけではかまわないけれども、実行に移されては困る。会社にいる以上その方針に従ってもらわなくては困る。」とか「会社を小さな社会と考えれば、その中で反することをしているのは世間に顔向けのできないことをしているのと同じなんだ。」などと暗に武井が共産党員であって、そのために会社としても非常に迷惑をしているとの趣旨のことを述べて原告を心理的に動揺させ、「まあいいから書きなさいよ。どこへ出すわけじゃない。自分が持っていて、そして人にあれは共産党かと聞かれたら、いやそうじゃない、本人がこういっていると見せることができるから、ただそれだけのためにとっておくんだから、まあいいから書きなさい。」と原告に共産党員でないことを書いて出すよう執拗に迫った。また、被告斉藤は、もっぱら共産党員でないことを原告に書かせることのために、原告に対し、共産党や共産党員が悪だとの前提で、「じゃそう思われてもいいの」と書かないことは原告が共産党員であると会社から判断されることになるがそれでも構わないかとの趣旨の発言を数回にわたってなしたほか、こうした発言に気味悪さ、こわさを感じた原告からの「所長は(私のことを)どう思っているんですか」との質問に、「いや、僕は三年半あなたを見ていてそうでもないような気がするけど、でも人に、あれはそうだと言われれば何んとも言うことができない。まあ証拠がないからね。」と答えたり、続いて、原告の「私は教会に行っているので、信教の自由を守る、そういうふうなことで書くことがあれば構いません。」との発言から教会やキリスト教のことが話題になったなかでも、「まあ、キリスト者の考えは自民党ですよ。」と偏見に満ちた見解を述べるなどし、更には、原告からの「そのように思われていたのは損だと言いますが、それでは私は大分損をしていたのですね。」との質問を肯定したうえ、「書けばその損が取戻せますか。」との原告の問に対しても、「いや、そういうことはないんだけれど、これからのためによいことですから。」と発言するなど、諸々の言辞を弄し、あるいは、こうした話の区切りごとに「あなたのためですから書きなさいよ。」などと再三前記の要求を繰り返して原告を説得し、結局、原告から拒否されたため、やむなく諦めたものの、約一時間に及ぶ原告との会話のうち、その大部分を費やし、原告に対し執拗に文書による思想の表明とその提出を強要した。

(二) 右不法行為に至る経緯とその動機、目的

(1) 被告会社による電力料金値上げの画策と赤旗の報道

被告会社は、昭和四八年半ばに発生した石油危機を理由に大巾な電力料金の値上げを画策し、右値上げに向けての施策として、社内においては、社長名で「経営の非常事態に際して」との告示を出し、強力な指導の下に全社あげての節約運動を進める一方、社外に対しては、同年一一月五日の電力緊急節電要請をはじめ、一般の家庭生活にまで厳しい規制を及ぼした同年一二月二二日の第一次電力規制及び翌四九年一月一六日の第二次電力規制の実施等による節電運動を大々的に繰り広げた。そして、被告会社は官庁、業界に対する右電力料金値上げのための強力な根回しの実行とともに、こうした被告会社の動きに対するマスコミや世論の動向、とりわけ後記3の(一)記載のような被告会社の反共的な体質もあって、日本共産党の機関紙赤旗の記事について異常なまでの関心を払っていたところ、同赤旗は、公共料金である電力料金の値上げが他産業や物価に大きな影響を与えることから右値上げ反対のキャンペーンを展開し、前記被告会社の諸施策が値上げのための口実であるとの立場に立って、昭和四八年一二月二八日号では、「暖房ストップの危機、東電、電力抑制家庭にまで」との見出しで被告会社の節電運動をとりあげ、被告会社では社内通達で一般需要家の契約アンペアの二段階アップを抑制しており、節電のしわよせが中小企業者や一般需要家に及んでいることなどを内容とする記事を、また、昭和四九年一月一七日号では、被告会社の企業内における節約運動の狙いが電力料金値上げに対する世論の批判をかわすことにあるのではないかとする記事をそれぞれ掲載するなど、被告会社に関する批判記事を次々と報道した。

(2) 被告会社の対応

これに対し、被告会社は、日本共産党が企業内の諸情報を組織的に外部に暴露するなど企業内の職場規律に対する密行的、潜行的な破壊闘争活動を行う政党であるとの全く裏付けのない偏見と独断に基づき、その反共的な企業体質を背景として、電力料金の値上げなど被告会社の諸施策を批判し、これに反対する日本共産党に嫌悪と敵意を一層募らせ、右赤旗の記事が事実に基づくものであって、その内容も当時の一般紙の記事と同種で社会不安を引き起こすようなものでないばかりか、右記載自体から社内の共産党員もしくはその同調者が会社の秘密を漏らしたことに直ちに結びつくものでもないのに、これが被告会社を中傷誹謗するもので、社内の共産党員もしくはその同調者によってなされた企業規律違反行為であるとしてこれらの者に対する調査、査問を開始した。そして、同年一月二五日には、塩山営業所営業課勤務の名取純一(以下「名取」という。)が、被告斉藤から勤務時間中同営業所内の応接室に呼び出され、「赤旗に塩山営業所のことが歪曲して出ているんだが君知らないか。」などと暗に名取が取材源であるがごとき調査をされ、また、同年二月一四日には、武井が山梨支店甲府営業所営業課長らから、アラビア石油会長で財政審議会会長小林中の申請による電柱移設工事を被告会社が他に優先し異例のスピードで行ったとの内容の同日付の赤旗の記事に関し、会社の秘密を漏らしたのではないかとの嫌疑のもとに調査を受けた。

(3) 原告に対する被告会社の労務政策

ところで、被告会社は、後記3の(一)記載のとおり、共産党員ないしその同調者とみなしている従業員に対し、賃金等の処遇面で徹底的な差別を行い、他の従業員から隔離し、その孤立化を図る一方、機会をとらえて接触し、懐柔的な説得工作により共産党員ないしその支持者たることをやめさせ、被告会社に従順な労働者たらしめるための思想転向を強要するとの反共労務政策を遂行してきた。こうしたなかで原告は、塩山営業所に配転後間もない昭和四一年ころから、被告会社による右のような労務政策の反映として、職場内において「下(塩山営業所一階勤務の意)の名取、上(同二階の意)の渡辺」と噂され、被告会社から共産党員もしくはその同調者と目され、会社職制によって、原告の同僚に、原告が共産党員もしくはその同調者であるからあまりつき合わない方がよいとの指示がなされたり、あるいは、原告の電話の相手や内容について注意が払われるなど日常その動静が監視されていた。しかし、被告会社は、原告がキリスト者であることを知っていたことなどもあって、機会をみつけて原告に接触し、懐柔的な説得工作により原告を自己の体制に従順な労働者たらしめることを企図していた。

(4) 被告斉藤の動機、目的―思想転向の強要

このような状況のなかで、武井に対する査問の翌日である同月一五日には、原告に対し被告斉藤が前記(一)記載の行為に及ぶに至ったのであるが、その動機、目的は、塩山営業所長として被告会社の右反共労務政策を遂行する立場にある被告斉藤が、以前から共産党員もしくはその同調者とみなし、日頃その動静を監視していた原告に対し、その親族である武井の前記の如き「不行跡」に藉口して被告会社の右政策を具体化して実行すべく、原告が共産党員であるか否かを確かめ、党員であれば転向させてその旨の声明を書かせ、党員でないなら共産党員でないことを一筆書かせ、会社への忠誠を誓わせて今後の労務管理の材料にしようとしたもの、すなわち、その動機、目的は被告ら主張のごとき赤旗の記事の出所についての調査にあるのではなく、原告に対する思想転向の強要にあったものである。このことは、被告斉藤が名取に対する前記調査と異なり、原告に対する右話合いのなかでは赤旗の記事に関する具体的な質問をなんらしていないばかりか、共産党員でないことを文書にして提出するよう執拗に要求していること、また、同月一八日、原告と寺島勝洋弁護士らが被告斉藤に面会を求め、右一五日の被告斉藤の言動の確認と陳謝を要求した際にも、被告斉藤が原告と話合うに至った動機、目的であるとする赤旗の記事につきなんらの説明や釈明をせず、かえって、原告から抗議を受けるや、直ちに自らの発言を全面的に取消し謝っていることからみても明らかである。

(三) 違法性と責任

原告に対し、共産党員であるかどうかの思想表明を求め、また、共産党員でないことの文書による思想表明及びその提出を求める被告斉藤の前記行為は、職場内の雰囲気や現実の業務上の支障の回復等の合理的な理由、必要性が全くないにもかかわらずなされたもので、しかも、右行為が営業所の最高責任者としての優越的な地位を背景に営業所の一職員たる原告に対し、勤務時間中に、かつ約一時間という長時間にわたり、一般従業員が通常自由に使用することができない応接室を利用して行われているうえ、前記(一)記載の会話の経過にあきらかなごとく、これまでの被告会社の労務政策を背景にした思想表明の要求が執拗を極め、その程度も脅迫、強要の域に達していること、とりわけ、文書による思想表明を迫る行為は、原告が共産党員でない旨口頭で答えたことの真実性の担保を求めるもので正に踏絵と解せられる行為であって、精神活動の自由な発展を阻害するところが大であることなど、その手段、態様の点からみてもきわめて違法性の強いものであるといえ、憲法一九条により保障されている原告の思想信条の自由を故意又は過失により侵害するものである。

従って、被告斉藤は、民法七〇九条により、右行為の結果原告に生じた損害を賠償する責任がある。

3  (被告会社の不法行為―主位的請求)

(一) 被告会社の労務政策

被告会社は、最大利潤の実現とそのための会社に従順な労働者及び労働組合の育成強化を意図し、これまで一貫して、共産党員あるいはその同調者と思われる従業員の把握と、これら従業員に対し、賃金及び職位の据置、不当な配置転換等による徹底的な差別を行い、他の従業員から隔離し孤立化させるとともに他の従業員へのみせしめとし、その一方で、共産党員ないしその支持者たることをやめさせ、会社に従順な労働者たらしめるための思想転向を迫るなどの「弾圧と懐柔」の反共労務政策を全社あげて強力におし進めてきた。こうした異常なまでの反共主義と差別政策を基本的特徴とする被告会社の労務政策は、被告会社の最高執行機関である常務会において、各支店における共産党員の把握、分析、その対策が報告討議事項としてとりあげられるなど、常に経営施策の中心におかれ、会社機関である常務会、支店長会議、営業所長会議等が「上意下達」の場として利用されつつ、日常的に職制層に対する徹底した反共主義教育による意思統一が図られることによって、営業所長を含むこれら職制を通じ実行具現されてきた。

塩山営業所をその管下に置く山梨支店の例をみても、昭和三四年九月、同支店で営業所の係長(現在の課長)、発変電所の現場長を参加させて、反共宣伝者佐野博の講演会が行われ、また、その後右講演内容が同支店によりパンフレットにまとめられ、経営政策の推進と正しい考え方の資料として支店全営業所に配布されたほか、企業内から共産党員及びその同調者を排除し、かつ、種々の情報交換のため警察との懇談費用が予算に計上され、あるいは、昭和四〇年五月、本社作成のモデルを参考にして、「組合活動の情報を適切に収集分析し、組合との交渉を通じ会社の経営方針をよく理解せしめ、組合の体質を改善して会社の良き協力者たらしめること、治安当局と連絡を密にし、県下諸情勢の把握につとめるとともに、特定従業員に対する措置対策について指導すること」等をその内容とする「業務処理基準」が山梨支店労務課により作成されるなど、「弾圧」の労務政策が遂行されるとともに、他方では、上司から電気不正使用につき寛大な措置をとるのと引換えに諸活動から手を引く旨の誓約書及び共産党からの離党届を提出するよう強要され、これを拒否したため、昭和四一年一一月一一日、被告会社から懲戒解雇された山梨支店身延営業所勤務の青木一の例や、南波佐間元山梨支店労務係長による後藤和夫宛の会社内での地位等をエサに転向を慫慂する手紙の例にみられるように、共産党員ないしその同調者とみなしている従業員に対し、些細なことを口実に解雇等の処分をする旨のおどしをかけ、思想転向すれば解雇等の処分をしないことを取引条件にし、あるいは、機会を得てその労働者の置かれている生活状況をたくみにとらえ、会社内の地位保障等の甘言を弄するなどの方法によって、同会社の従順な労働者たらしめるための思想転向を強要する―思想転向の保証のため、これを文書にして提出させる方法を用いるのが特徴である―など、「懐柔」の労務政策が遂行されてきた。

そして、長年にわたり日常的に遂行されてきたこれらの反共労務政策は、すでに被告会社の「体質」ともいうべき状態になっている。

(二) 本件不法行為及びその違法性と責任

被告斉藤の前記2の(一)記載の行為は、右のような会社の労務政策の下で前記のとおりの経緯及び動機、目的でなされたことが明らかであって、単なる被告斉藤個人としてでなく、被告会社の一貫した反共差別労務政策のための職務遂行行為として被告会社の支持承認の下になされたといえ、被告会社が、その意を体した被告斉藤の行為を介しその不法不当な労務管理の逸脱の結果を原告のうえに現出せしめたもの、すなわち法人活動全体としての不法行為と評価しうるものであり、その違法性については前記2の(三)のとおりであるから、被告会社は、民法七〇九条により原告に生じた損害を賠償すべき責任がある。

4  (被告会社の使用者責任―予備的請求)

仮に、右3記載の被告会社の不法行為責任が認められないとしても、被告斉藤は、塩山営業所所長として、被告会社の業務の執行につき本件行為をなしたものであるから、被告会社は、民法七一五条一項により使用者としての責任を負うべきである。

5  (損害の発生)

原告は、被告らの右不法行為により、憲法で保障された基本的人権である思想信条の自由―その発表を強制されない自由―を侵害され、また、本件に関連し、将来被告らから何らかの不利益が課せられることに不安を感じるなど、精神上多大の苦痛を蒙った。

これを慰藉するには少なくとも金八〇万円が必要である。

6  よって、原告は、被告斉藤に対し、民法七〇九条(但し、共同不法行為については七一九条)に基づき、被告会社に対し、主位的には同法七〇九条、七一九条、予備的には同法七一五条に基づき、慰藉料として各自金八〇万円及びこれに対する本件不法行為の日以後である昭和四九年七月一六日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの認否及び主張

(認否)

1 請求原因1の事実は認める。

2(一) 同2の(一)の事実中、被告斉藤が昭和四九年二月一五日、勤務時間中である午前八時五〇分ころ、塩山営業所内の応接室に原告を呼び出し、約一時間にわたり原告と二人のみで話合ったこと、右会話のなかで、被告斉藤が「人がどういう考えを持っていようとそれは自由であるがそれを実行に移されては困る。」、「あなたは今女盛りで定年まで少し間がある。」との趣旨の発言をしたこと、武井文郎が原告の義弟であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)(1) 同2の(二)の(1)の事実中、被告会社が石油危機にあたり、社内において、「経営の非常事態に際して」との社長名の告示を出し、全社あげての節約運動を強力に進めたこと、また、社外に向けて節電運動が展開され、昭和四八年一一月五日には被告会社が需要家に対し、いわゆる緊急節電の要請を行い、昭和四九年一月一六日からは電力使用制限規則に基づく法的規制として使用電力量の制限が行われたこと、原告主張の日付の共産党機関紙赤旗が原告主張のような内容の記事を掲載し、被告会社に関する事項を次々と報道したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(2) 同2の(二)の(2)の事実中、被告斉藤が昭和四九年一月二五日、勤務時間中に名取を所内の応接室に呼び出し原告主張のような調査をなしたこと、原告主張の日に山梨支店甲府営業所営業課長が武井に対し、赤旗の報道に関連して会社の秘密ないし内部事情を漏らしたことはないかと質したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(3) 同2の(二)の(3)の事実中、昭和四一年ころから、塩山営業所内に「下の名取、上の渡辺」との噂があったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(4) 同2の(二)の(4)の事実及び主張は否認又は争う。

(三) 同2の(三)の主張は争う。

3(一) 同3の(一)の事実中、山梨支店が佐野博の講演パンフレットを支店の全営業所に配布したこと、昭和四〇年五月、原告主張の内容を記載した業務処理基準が山梨支店労務課により作成されたこと、昭和四一年一一月一一日、山梨支店身延営業所勤務の青木一が電気を不正使用したことにより被告会社から懲戒解雇されたことは認めるが、その余の事実は否認する。

(二) 同3の(二)の主張は争う。

4 同4の主張は争う。

5 同5の事実は否認する。

(主張)

1 経緯及び動機、目的について

(一) 原告の勤務態度等

被告斉藤は、昭和四五年六月、塩山営業所長として着任して以来、朝礼や従業員との面談などの機会を通じて従業員との日頃の接触と意思疎通を図り、従業員が互いに気持よく信頼しあって働けるような明るい職場を作るべく努力してきた。そして、昭和四九年初めころにはその成果も上ってきつつあったが、そのなかで、原告だけは、平素から自らの殻のなかに閉じこもって職場の同僚や上司と容易に打ち解けず、その勤務態度も、従前から改善の意欲に乏しく、主任やまわりの同僚が忙しいときでもこれを手伝おうとしないなど自己本位的な態度に終始し、暇さえあれば所内をぶらついていることが多かった。被告斉藤は、原告の右のような態度が、同じ勤務地で同じ仕事を長くやってきていることにもよるのではないかと考え、勤務地等についていずれ原告と話合う機会を持つことを考えていた。

(二) 客観情勢―石油危機と会社の対応

昭和四八年一〇月の第四次中東戦争の勃発に伴ういわゆる石油危機は、これまで石油火力を主軸とした発電態勢をとってきた被告会社に、その電力供給責任の遂行上はもとより、経営の存立基盤の維持の点からも容易ならざる事態をもたらした。こうした事態に対処すべく、被告会社は、緊急経営対策の一つとしての節電運動を実施し、同年一一月五日の緊急節電要請(「エネルギー危機に対処する緊急の節電お願いについて」)に次いで、同年一二月には非常事態宣言を行い、節電対象を主として大口、ビル需要家に置き、これら需要家に対しては一定の節電目標を設定してその協力方を要請する一方、中小零細企業、一般需要家への影響を極力緩和するため、これら需要家に対しては特に目標を設定せず、現下の客観情勢についての理解を得たうえでの自主的、積極的な協力方を要請した。また、被告会社は、全従業員に対し、社長名で「経営の非常事態に際して」との告示(昭和四八年一二月一四日告示第六九号)をなし、従業員の協力、協調と一致団結を強く要望するとともに、合理化のための経営努力として、社内における節約運動を強力に進めるなど、当時の客観的な諸情勢に鑑み、特に社会不安を生ぜしめることのないよう細心の注意と努力を払い、会社の供給責任を全うするため全社一丸となっての協調・協力態勢をもってこのような非常事態を乗りきるべく対処していた。

(三) 日本共産党の赤旗等による会社攻撃

ところが、日本共産党は、右のような緊急事態のさなかで、社会的に非常に混乱、不安の起きやすい昭和四八年暮ころから昭和四九年の初めころにかけ、その機関紙である赤旗やビラ等をもって集中的に会社の内部秘密を歪曲暴露し、更には会社従業員に対する人心攪乱と動揺を策するなどの方法により被告会社に対する攻撃を行った。その一つとして、昭和四八年一二月二八日付の赤旗は、折から実施中の節電運動に関する社内の指示取扱文書の具体的内容を、それがマル秘であることを挙げてたくみに歪曲暴露したうえ、会社の需要家に対する節電の呼びかけについて「暖房ストップの危機」との見出しで、あたかも被告会社が需要家の暖房をストップさせ、そのため被告会社の窓口ではしばしばトラブルまで起きているなどとの虚構の事実を報じた。更に、右赤旗は、「山梨県E営業所」という表現を用いて暗に塩山営業所を名指しで挙げ、同営業所の業務指導が中小企業者の営業権さえ奪うものであって、会社内においても零細な需要家へしわよせしているものだとの非難があがっているかのごとく事実を歪曲して報道し、被告会社が中小零細企業者や一般需要家の犠牲において大企業の利益を図っているとして被告会社や塩山営業所に無根の中傷誹謗を加えるとともに、いたずらに社会的な不安感、危機感を煽りたて、被告会社ひいては塩山営業所に対する中小企業者や一般需要家の不信感、反感を醸成するような悪宣伝を行った。

(四) 赤旗報道による塩山営業所内の混乱と原告に関する噂

このような日本共産党の企業内秘密の歪曲暴露等による会社攻撃に対しては、塩山営業所の職場内においても日ましに批判の声が強まり、しかも、前記一二月二八日付赤旗の記事の内容が会社従業員でなければ知りえないものであって、特に、塩山営業所内の業務指導の内容を歪曲暴露し、同営業所を名指しで中傷誹謗していることからみて、その記事の出所が同営業所の従業員によることは客観的にみてきわめて明らかであったところ、同営業所内では、かねてからこうした所内の秘密漏洩といったことに関し「上の渡辺、下の名取に気をつけろ」と噂されていたことから、前記赤旗の記事の出所について原告と名取の両名がなんらかの形で関係しているのではないかとの噂が次第に高まり、昭和四九年一月半ばころには、職場内はこのような噂の下に赤旗に対する記事の提供をめぐって疑心暗鬼の状態に陥り、その雰囲気は悪化するとともに、従業員相互間の業務上の協調、協力も円滑にいかず業務上の支障が大きくなりつつあった。

(五) 被告斉藤の動機、目的―一二月二八日付赤旗の記事の出所の調査

被告斉藤は、塩山営業所長としての立場上、このような職場の雰囲気の悪化や、現実の業務上の支障をそのままに放置しえず、また、前記のとおり、所内の従業員による秘密漏洩という重大な規律紊乱行為に対処するため、記事提供者を調査して責任の所在を明らかにし、紊乱された職場規律の回復とその維持確立を図る目的で、昭和四九年一月二五日、まず名取に対し、次いで同年二月一五日には原告に対し、前記赤旗の記事の出所を質すべく調査を行ったのである。ところで、被告斉藤が原告らに対し右のような調査をなすに至ったのは、日本共産党が企業内の従業員たる党員ないし同調者(いわゆる経営細胞)を通じての企業内秘密の収集とその歪曲暴露による企業攻撃をその政治闘争の一環としていて、被告会社山梨支店管下では、過去において原告主張の青木一が被告会社を相手方としてその懲戒解雇の効力を争い甲府地方裁判所に提訴した事件(同庁昭和四二年(ワ)第一八七号雇用関係確認等請求事件―以下「青木事件」という。)で、被告会社から盗取された秘密書類が青木側の手中に収められ、その証拠として提出されたことがあり、会社内の秘密漏洩と共産党員ないしその同調者の噂ある者との間には不可分の関係があったこと、原告と名取は、職場内で共産党員ないしその同調者とみられ、しかも、昭和四〇年ころ以来、所内の秘密漏洩に関して「上の渡辺、下の名取に気をつけろ」との噂があって、昭和四九年一月初めころには、その噂は前記赤旗の記事の出所に関連して相当高まっていたこと、右両名は、その平素の仕事が右記事の内容である節電運動に密接にかかわるもので、会社の秘密を漏らしやすい立場にあったばかりか、同営業所内には右両名のほかに右のような噂のあるものは一人もおらず、また、従来から右両名がこれらの噂につき一切肯定も否定もしてきていないこと、特に、原告については、青木事件において会社側の証人である小林料金課長の証人打合せに関する日時・場所等が事前に青木側に漏れたことに関し、当時、同課長の部下で席も近くであった原告がこれを漏洩したのではないかとの疑惑がもたれたこと、以上のような客観的な嫌疑に基づくものである。

2 原告との話合いの内容について

被告斉藤は、昭和四九年二月一五日、原告を塩山営業所内の応接室に呼び、世間話を交え前後約一時間にわたり原告と話合ったが、その概要は次のとおりである。

被告斉藤は、まず雰囲気を和らげて話をするため、近頃通勤途上で見かける原告がなんとなく元気のない様子であったので、原告に「渡辺さん、最近どうも元気がないようなんだけれど、どこか体の具合が悪いとことか何か心配事でもあるんじゃあないの」と挨拶がわりの質問をして話をはじめ、次いで原告の母親の健康状態のことを話題にした後、原告が女性であり、また平素から閉鎖的で口の重いところがあることから、名取に対する調査の場合とは聞き方をかえ、原告も十分承知している前記赤旗の記事の出所等に関する最近の職場内での噂の内容をかりて婉曲に、「ところで、渡辺さんがどうも私のみるところじゃあね、今までどうも職場でしっくりいってないようなんだけれども、そしてまた最近、これはあんたも知っていることだと思うんだけれども、とくにあんたのことでいろいろ噂しているようなんだけれども、この点どうなんですか。」とその真偽を尋ねたところ、原告はこれにまともに答えることをさけ、いきなり「マルクスレーニン主義ですか、そんなこと所長御存知でしょう。」との返事をしてきた。そこで、被告斉藤は「いや知らないんだ。職場でまわりのものがいろいろ言っているから聞いてみようと思ったんですよ。」と話したところ、原告の方から「私は共産党員じゃありません。」と言ってきたので、被告斉藤は、原告がそのような言い方で漏らしたのは原告ではないと言っているものだと受取り、「ああそうですか、それじゃそのことを職場の者にはっきりさせたほうがいいんじゃないの。」と述べて、そうすれば皆の疑心暗鬼がとけ、職場内の人間関係や雰囲気もよくなり仕事も円滑にいくとの好意的な気持をそのまま原告に伝えた。そうしたところ、原告が「どうすりゃいいんですか。」と尋ねてきたので、被告斉藤は、皆に知らせるには口で言うか書くしかなく、咄嗟の思いつきで「そうだね、どうすりゃいいって、ああ、あんたがね、あんたの立場を皆に話をするのも一つの方法だし、それから書くというのも一つの方法じゃないの」と答えると、原告は、今度は「どうしてそんなことをしなければならないんですか。」とからんだ聞き方をしてきた。そこで被告斉藤は、「いやしなくちゃならないということじゃあなくて、そうすれば職場の噂もすっきりするし皆ともスムースにいくんじゃないの。」と右の発言の趣旨を説明したところ、原告が「いや、私は皆にどのように思われてもかまいません。」と言うので、被告斉藤としては、そうまで原告が言うならこれ以上好意的に話をしても仕方がないため、話を打ち切るつもりで、なお誤解のないよう、「個人が何を考えていようともそれはもう個人の自由なんだからどうこういうことはない、思想信条は自由なんだから。ただ考えているだけなら問題ないけれどもそれが行動に現われ、それで会社に影響が出てくるとそれは困るんだよ。もう職場の者だって皆そういうことを心配しているんだ、だから職場のなかでそういうふうにあなたが誤解されていたんじゃああんた自身が損じゃないの。」と皆と打ち解けて楽しくやっていけないのはつまらないではないかとの意味で「損」との表現をつかい、自らの気持を話してみた。ところが、原告が「そういうのは組合が民社党一本だからですか。」と被告斉藤の真意をわざと曲解してからむような言い方をしてきたので、被告斉藤は、「いやそういうことを言っているんじゃないんだ。渡辺さんはまだ女盛りで若いんだし、定年まで勤めれば先が長いんだから皆と仲良くしてほしい。」と定年まであとわずかしかない自分と比べれはまだ若いとの趣旨でのアドバイスであることを更によく説明した。そして、被告斉藤は、これまでの原告との話の経過から、原告が前記記事の出所ではないかとの疑惑につき再び半信半疑の状態となっていたものの、もはやこれ以上話を続けても仕方がないため、少し世間話でもして気持をほぐしたうえで話を終えようと考え、原告の家族のことを話題にあげ、「支部にいる妹さんは石和にいる武井君の奥さんでしたね。」と話したところ、原告はいきなり憤然として、「そうです、だけど兄弟がなにしているか知りませんけれども、社会に顔向けできないことをしているとは思っていません。」と言い出してきた。被告斉藤は原告から右のように言われ、二月初めころ、山梨支店で同支店次長から聞いた武井に関することで、同人が一需要家であるアラビア石油会長小林中からの申出にかかる工事の件につき、みだりに許可なく口外すべきでない内容を共産党系地方新聞山梨民報の記者に漏らしたとの話を思い出し、被告斉藤としては、当時、赤旗が前日の記事に右内容を取りあげ、そのため武井が同日会社から取調べられたことは知らなかったものの、被告斉藤が聞いているかぎりでは、すくなくとも武井の言動が従業員としてあるまじき態度であることが明らかであったので、その意味で「社会といえば、会社だって社会の一部ですよね。」と指摘した。すると今度は原告の方で話題を転じ、それまでの話とはなんの関係もない教会の話を持ち出し、「所長はこんなこととうに御存知だと思いますけど、私は神様の洗礼を受けた身で毎週水曜日と日曜日には礼拝しています。」と言いだしてきたことから、しばらく教会や神様のことが話題となった。その中でも被告斉藤は自らの気持をもう一度原告に伝えるべく「渡辺さんも職場のなかでまわりの者から誤解されていたのでは、あんた自身が損じゃないかと思うんだが。」と前同様の趣旨の発言をしたのであるが、原告はその言葉じりをとらえ、「それじゃ、いままで皆にそう思われていたので損をしていたということなんですか。」と被告斉藤のいうところを全て裏返してからむような言い方をしてきた。そこで被告斉藤は、そういうことを言っているのではなく、所長として互いの心が通い合うような職場づくりに努力しているが、誤解があってはそのようにならないので話している旨説明したが、その際にも原告は、「私はみんなにどう思われてもかまいません。もうそんな歳じゃありませんから。」と答え、「いやそれじゃ職場のなかが調和もとれないし、あんた自身もつまらない職場になっちゃうんじゃないか。」との被告斉藤の原告のためを思っての言葉にも、「私はそんなに大物ですか。」と半ば小馬鹿にしたような皮肉をもって応じた。これに対し、被告斉藤は、そのようなことを言っているのではない原告のためを思って言っているのだということを述べているし、また、原告の「所長は私のことをどう思っているんですか」との質問にも、「さっきから言っているとおりですよ。」と答えるにとどめている。そして、最後に、被告斉藤は、勤務地についての原告の希望なども聞いたうえ、原告との話合いを終了した。

3 原告の対応における隠された意図について

原告は、原告に対する調査がなされる以前に、同志である名取から、同人が昭和四九年一月二五日、被告斉藤から応接室に呼び出され、前記一二月二八日付赤旗の記事の出所につき質されたことを聞き、右調査が原告ないしその同志の所属する組織の防衛に関する重大な問題であるとうけとめるとともに、名取と同様平素から職場内で「上の渡辺、下の名取に気をつけろ」と噂され、しかも当時右赤旗の記事の出所が右両名に関連するとの噂が相当高まっていたこともあって、早晩、原告についても同様の調査がなされることが当然予想されたことから、急遽、右名取の取調べ後の一月中に、原告が平素から緊密かつ閉鎖的な付合いをしている同志・友人らと集まり、そのなかで、原告が呼び出された場合の対応準備が周到に打合せられたうえ、被告斉藤から右記事の出所につき質されてもはっきり答えないで、はぐらかし、あわよくば、思想信条の表明を迫られたかのようにたくみに対応し、後日の作為の口実をなしうるような話題へひっぱりこみその言質をとってこれを反撃の材料にするとの、職場規律維持の観点からの当然の調査ないし責任追及に対する反撃と牽制のための隠された意図をもって、被告斉藤との話合いにのぞんだものである。原告のこのような意図は、右の相談にあずかった原告の同志らの所属する政党である日本共産党が「敵の不当な攻撃」に対する反撃と牽制をその組織防衛の内容として決定していること、また、前記2記載の話合いの経過のなかで、原告が被告斉藤の赤旗の記事の出所についての質問にまともに答えず、逆に自ら「マルクスレーニン主義ですか。」「私は共産党員ではありません。」とその言葉のみのやりとりからすれば思想信条をいっているものとしてとらえられるような言い方をもって答え、あるいは、尋ねられてもいない武井の問題を原告の方から持ち出していることなどからも明らかである。従って、被告斉藤が原告に対し、思想信条の表明を強要した旨の原告の主張は、右のような意図に基づく自らの発言を、あとになって被告斉藤の発言であるかのごとくすりかえた虚構の作為によるいいがかりである。

4 違法性について―調査の合理性と手段方法の相当性

ところで、企業には、企業の内部にのみ留めておくべき業務上の諸情報が多くあり、それは、本来企業主体の内心の自由に属すべきものである。それをもし、たまたまある政治団体の構成員がその企業の従業員という地位にあることを奇貨として、その政治団体の統制力をもって組織的にこれを外部に持ち出し、企業の意に反し、政治闘争の一環としての企業攻撃の材料として社会一般に暴露し、しかも、事実に反する内容を大衆の誤解を招くような形で報道するとすれば、それはまさに企業の自由を侵すものであって、法的人格主体の人格尊重とその自由を基調とする近代自由主義社会においてはきわめて憂慮すべきことというべく、企業としても、かかる企業に対する破壊活動から企業の自由なり法益を防衛し、企業の規律を回復維持確立するに必要な措置を講じうるのは当然であると解すべきである。被告斉藤の原告に対する調査は、前記のとおり秘密漏洩の客観的な嫌疑に基づくものであり、しかも、右のような職場規律の回復維持との観点からの業務上の必要性に出たものであって、調査についての合理的な理由が存するうえ、右調査にあたり、あくまでも原告の立場と人格を尊重し、話す内容が本人以外のものに聞こえるような所をさけ、特に応接室に呼んで話すとの配慮を加える一方、その内容も前記2記載の会話の経過に明らかなごとく真摯誠実かつ平穏になされており、原告になんらかの要求をしたことはもとより脅迫・強要との事実も全くないのであって、その手段、方法の点からみても相当なものであるといえるから、違法性はない。

5 損害について―謝罪による結着

被告斉藤は、原告との話合い後である同月一八日の朝、被告会社の従業員をもって組織する東京電力労働組合(以下「東電労組」という。)塩山分会の近藤委員長から、原告が被告斉藤に言われたことを気にやみ、食欲もなく夜も眠れないと訴えていることを聞き、前記話合いの経過からみてその訴えに疑問と不審を感じたため、早速、原告を応接室に呼び事の真偽を尋ねたが、いずれにしても、原告が誤解したのであればそれは被告斉藤の責任であるので、原告に対し、「まあ、どうも私の気持があなたに通じないようだが、どうも誤解しているようだからこれは全面的に取消してあんたに謝りますよ。」と言って頭を下げ、「ただね、私はあんたのためを思って言ったことなんだけどな。」と自らの気持を明らかにして謝罪したところ、原告は、「ああそうですか、それなら結構です。わかりました。」とまで言ってこれを了解し、この件につき自ら責任ある結着をつけた。

なお、被告斉藤は、その直後に寺島勝洋弁護士と武井が面会を求めて来た際にも、原告を交えた応接室での話合いのなかで、原告の代理人である右寺島弁護士に対し、すでにこの件は原告に謝罪し原告も了解済であることを明らかにしたうえ、原告を傷つけるような気持は毛頭なかったもので原告の誤解であるが、誤解を生ぜしめたことについては謝罪する旨前同様の趣旨を述べ、頭まで下げて謝意を表明している。

第三証拠関係(略)

理由

一  当事者の地位

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  被告斉藤の不法行為の成否

1  争いのない事実

請求原因2の(一)の真実中、被告斉藤が昭和四九年二月一五日、勤務時間中である午前八時五〇分ころ、塩山営業所内の応接室に原告を呼び出し、約一時間にわたり原告と二人のみで話合ったこと(以下「本件話合い」という。)は当事者間に争いがない。

2  本件話合いについて

(一)  本件話合いの内容を推認させる事実及び原告と被告斉藤の供述の信用性

本件訴訟の主たる争点の一つは、原告と被告斉藤との間に取り交わされた本件話合いの内容にあるが、右話合いは余人を交えない、いわば密室においてなされたものであって、具体的にどのような内容の話合いがなされたか、その事実の確定に用うべき直接証拠は右両名の供述を除いて外にない。しかも、両名の供述であるが、原告は、大要、被告斉藤から身体の具合等を聞かれた後、共産党員であるか否かを尋ねられ、これを否定するや、その旨書面で明らかにして提出するよう求められたが、これに応じなかったところ、更に同被告から、共産主義思想は被告会社と相容れず、これを信奉することは過去及び将来にわたり原告にとって不利益であると感じさせるような様々な話題が持ち出されたうえ、再三、共産党員でないことを書いて出すよう要求された旨述べているのに対し、被告斉藤は、被告会社内部のマル秘の指示事項等を報道した昭和四八年一二月二八日付赤旗の記事に関し、その出所が原告であるとする塩山営業所内の噂を取り上げ、原告に対しその真偽を質したところ、いきなり原告の方から「マルクスレーニン主義ですか。私は共産党員ではありません。」などと言い出したので、被告斉藤において、それならそのことを職場にはっきりさせたらいい、そのためには書くのも一つの方法じゃないかなどとアドバイスを与えたのみで、共産党員かどうかを尋ねたり、共産党員でないことを書いて出せと言ったりしたことはない旨述べていて、両者の供述は話合いの内容の重要な点において著しく相違し、右供述に依拠する限り、いずれを信用すべきかたやすく判断し難い面がある。

しかし、本件では、右話合いの内容を確定し、かつまた、両者の各供述のいずれが採用するに値するかを判断するについて、看過することのできない重要な事実として以下の事実が存する。

すなわち、当事者間に争いのない事実に、(証拠略)の全趣旨によると次の各事実を認めることができる。

(1) 原告と被告斉藤は、本件話合いがなされた当時は共に被告会社の塩山営業所に勤務していたけれども、両者は個人的に親交があったわけではなく、それに、同被告は同営業所長の地位にあり、他方、原告は同営業所営業課の一係員で、両者が仕事上接触することは殆んど皆無に等しかったうえ、原告が被告斉藤から勤務時間中に日頃余り使用しない応接室に呼び出され同被告と二人きりだけで話合ったのは本件話合いがはじめてであったこと、

(2) 原告は、被告斉藤との本件話合いに比較的冷静に対応しながらも、それによって受けた屈辱感等から一時は仕事が手につかないほどの精神的衝撃を受けたこと、そして、原告は、本件話合いの後直ちに、義弟の武井と原告が日頃心のよりどころとしていた南甲府教会の中村時雄牧師に電話をかけ、今、職場で大変なことがあったから相談にのって欲しいと依頼し、同日退社後、まず、右中村牧師に対し、更に同日夜には、原告方を訪れた武井に対し、いずれも被告斉藤との話合いの一部始終を話しているが、その内容は原告の前記供述に副うものであったこと、

(3) また、原告は、同月一八日(一六、一七日は土、日曜日で原告の休日に当る。)の朝には、東電労組塩山分会の近藤委員長に同旨の話をし、右近藤はこれを受けて、原告が憤慨しているとして被告斉藤に抗議していること、そしてまた、同日の午前中には、原告の意を受けた寺島勝洋弁護士と武井が塩山営業所において、被告斉藤に対し、本件話合いの内容について抗議を申し入れ、併せて謝罪文を要求したが、その際、同弁護士から、被告斉藤が本件話合いのなかで原告に共産党員かどうかを尋ねたか否か、また、共産党員でないことを書いて出せと言ったか否かの点が確かめられていること、

(4) 被告斉藤は、その際、右寺島弁護士らに対し、原告に共産党員か否か尋ねたことについては、「そう言ったかなあ」と言って肯定も否定もしなかったが、共産党員でないことを書いて出せと言ったかどうかの点については、書けとは言わなかったけれども書いたらどうかと言った旨述べていること、

(5) そして、被告斉藤は、共産党員もしくはその同調者は被告会社と相容れないもので、原告はこれに属し、かつ、原告を含めた共産党員もしくはその同調者が、E営業所として塩山営業所の業務内容を報道した昭和四八年一二月二八日付赤旗に記事を提供したのではないかと考えていて、後記一の3の(三)で詳述するごとく、原告にこの点を質す趣旨で本件話合いの機会を持ったこと、しかし、被告斉藤は、その用件を明確にして原告と話合ったわけではなく、同話合いにおいてこれには全く言及していないし、また、同被告は、一般的に、共産党員であるかどうかを尋ねたりすることの重大性を特に認識していたとは思われない節があること、

(6) 原告は、寺島弁護士を介して被告斉藤に本件話合いにつき抗議した後も組合を通じてこの問題の解決方を図り、同月二三日付で「お願い」と題する書面を塩山分会委員長宛に提出し、更に、三月一三日にも「再度のお願い」と題する文書を提出しているが、これら文書のなかで原告が一貫して主張している事実は前記原告の供述にほぼ副うものであったこと、

以上の事実を認めることができ、右認定に反する被告斉藤の供述部分は前掲各証拠に照らし措信できない。

そこで、右事実に基づいて原告の供述の信用性を検討するに、本件話合いは、原告にとって過去にない一回だけの稀有な体験に属するものであるうえ、これによって原告は一時仕事も手につかないほどに精神的衝撃を受けた点で、その内容は原告の記憶に鮮明に残る性質のものであるといえること、それに、原告は、その日のうちに本件話合いの内容の一部始終を義弟の武井や中村牧師に話していて、その内容は、前記原告の供述に符合していること、本件話合いは、原告が共産党員もしくはその同調者であることを前提として、それとの関連において赤旗の記事の出所を原告に質すことにあったこと、被告斉藤は寺島弁護士らとの話合いの過程において、原告に共産党員であるかどうか尋ねたことに関しては、肯定も否定もしなかったものの、共産党員でないことを文書に書いて提出することを求めたかどうかの点については、書けとは言わないが、書いたらどうかと言った旨述べていること、同被告は、本件話合い当時、共産党員であるかどうかを尋ねたりすることの重大性について特に十分認識していたと思われない節があることなどの諸点に照らしてこれを吟味すると、原告の供述内容は、本件話合いの細部にわたる内容の点についてはともかく、大筋において信用に値するとみるのが相当である。

他方、被告斉藤の供述は、職場の最高責任者とのただ一度の話合いの過程で、聞かれもしないのに原告の方からいきなり思想信条に関する発言があったとする点等その供述全体を前記認定の諸事実、なかんずく(4)、(5)の事実、及び原告の供述に照らしてこれを仔細に考察するとき、いかにも不自然であるとの感を拭えず、その供述は直ちに措信し難いものといわざるをえない。

被告らは、原告はあらかじめ本件話合いがあることを予想し、同志らとその対策を協議したうえ、後日の言い掛かり(いわゆる反撃)に利用するとの意図の下に被告斉藤との本件話合いに臨み、あたかも被告斉藤が原告の思想信条を問題にしているかのごとく原告において巧みに対応した旨主張する。

(人証略)によると、確かに、原告は、本件話合いがなされた日より約二〇日以前の昭和四九年一月二五日に、名取から、同人が被告斉藤より応接室に呼ばれ、赤旗の記事の出所につき質されたことなどその一部始終を聞かされ、また、名取は、その後、右話合いの内容を被告会社の従業員で共産党の活動をしている後藤和夫、武井文郎、寺尾一夫らにも話していることが認められる。しかし、右の事実や後記二の3で認定の諸事実を併せ考慮し、また、本件全証拠を総合しても、被告ら主張のごとき原告の隠された意図を推認することはできない。

(二)  本件話合いの内容

そこで、原告の供述と前記認定事実に依拠しながら、併せて前掲(証拠略)、原告と被告斉藤の供述から明らかな話合いの一連の経過及び両者の供述がほぼ一致する部分、その他弁論の全趣旨を総合すると、本件話合いの内容の骨子として認められる事実は次のごときものであり、そして、これは後記(一の3の(一))認定の被告会社がとってきた共産党員もしくはその同調者への対応と当時の塩山営業所の職場状況等からみても十分首肯できるところである。

すなわち、被告斉藤は、応接室に原告を呼んで原告の健康状態や近況に触れた後、原告が共産党員であるかどうかを尋ね、その申告を求める趣旨の発言をした(以下「共産党員かどうかの申告を求める行為」という。)。これに対し、原告は、当初その返答を渋っていたものの、結局、被告斉藤の質問に応じて共産党員ではない旨答えるに至った。そこで次に、被告斉藤は、原告の右発言をとらえ、そのこと、つまり原告が共産党員でないことを書いて出すよう求める趣旨の発言をし(以下「共産党員でないことの文書での表明を求める行為」という。なお、「共産党員かどうかの申告を求める行為」と併せて「本件行為」という。)、原告が右要求にたやすく応じようとしないのをみてとるや、更に話を進めるなかで、もっぱら原告に共産党員でないことを文書で表明させるために、原告の義理の弟で被告会社石和サービスステーションに勤務し、被告会社から共産党員もしくはその同調者と目されていた武井のことを話題に取り上げたうえ、「人がどういう考えを持っていようとそれは自由だ。ただ心の中で思っているだけならかまわないが、それが実行に移され会社に影響が出てくると困る」などと述べ、同人によって被告会社が迷惑を蒙っているとの趣旨の発言をしたり、あるいは、「あなたは今女盛りだけど、定年まで勤めなければならないだろうから。」とか「そういうふうに誤解されているのはあなたの損ですよ。」との趣旨を述べるなどして、暗に、共産主義思想は被告会社と相容れないものであって、共産党員もしくはその同調者と思われていることは原告にとって不利益であり、原告が被告会社に定年まで勤めようとするなら、この際、被告斉藤の前記求めに応じて共産党員でないことを文書で表明することが原告にとって利益であるとの趣旨のことを、種々話題を変えながら執拗に説得したが、最終的には、原告から「どう思われてもかまいません。交通法規を守って歩いているのに、いきなり横から車をぶつけられたようで大変迷惑です。私はそんなに大物ですか。」などと激しく反発されるとともに右要求をはっきり拒絶されて、やむなくこれを断念し、約一時間にわたる原告との話合いを終了した。

3  本件話合いの経緯と趣旨・目的について

(一)  本件話合いをめぐる事実経過

前記当事者間に争いのない事実に、原本の存在と(証拠略)を総合すると次の事実を認めることができる。

(1) 総発電電力の八割を火力発電に依存していた被告会社は、昭和四八年暮から昭和四九年初めにかけて生じたいわゆる石油危機によって、昭和四八年一二月以降、石油の調達量が所要量に比し大きく不足するというきわめて深刻な事態に直面するに至った。そこで、被告会社は、このような緊急非常事態に対処するため、まず、同年一一月五日、五〇〇キロワット以上の大口、ビル需要家に対しては一割の節電目標を掲げ、また、中小企業、一般需要家に対しては特に目標を定めず、その協力方を求めた緊急節電要請(「エネルギー危機に対処する緊急の節電お願いについて」との要請)をなし、次いで、同年一二月一四日からは通産省の行政指導のもとに、右大口、ビル需要家に対する節電目標を一割以上として、より一層の節電を要請するなどのいわゆる「節電運動」を実施した。他方、被告会社は、昭和四八年一二月一四日、「経営の非常事態に際して」との社長名の告示をもって、全従業員に対し、石油危機によってもたらされた非常事態のなかで被告会社が最大の経営危機に直面していることを訴えるとともに、全従業員が一体となってこの事態に対処することの必要性を強調し、そのための経営努力として全社あげての節約運動を行い、各職場において経営の合理化、省資源化のための諸施策を強力に進めていった。

(2) こうした状況のなかで、日本共産党は、被告会社が石油危機に便乗して電力料金の値上げを狙い、前記のような社外的ないし社内的な施策により世論の批判をかわそうとしているとして、その機関紙赤旗などを通じて被告会社に対する批判宣伝活動を開始し、

(イ) その中で、昭和四八年一二月二八日付の赤旗は、「暖房ストップの危機―東電、電力抑制家庭にまで」との見出しのもとに被告会社が推進する節電運動を取り上げ、その運動の一つは「一般消費者の契約アンペアの変更、いわゆる『二段階アップ契約変更』は一切断る」というものであって、被告会社では各事業所に「需要家がこれを納得せず真にやむをえないと思われるものは認めるが、この場合は管理表に記載し、上司に報告するというマル秘扱いの指示」を出しているとして会社内部における部外秘の取扱事項を具体的に報じたうえ、更に、「山梨県内のE営業所」との表現で塩山営業所のことにも触れて、「事業所のなかには山梨県内のE営業所のように一切の電力増量を断るところもではじめており、一五キロワットを超える新規申込みは個別に審査したうえで認可するという業務指導は、中小業者の営業権さえ奪うものと言われています。」「こうした東電の新商法に『……大資本の節電が思うようにいかないので零細なところへしわよせしているのではないか』……と東電内部からも非難の声があがっています。」との記事を掲載し、被告会社の山梨県下における節電運動の実態が、中小零細企業、一般需要家をないがしろにして、これら需要家の犠牲において大企業、大口需要家の利益を図るものだとして批判し報道した。

(ロ) また、翌年の一月早々には、被告会社の賃金が他産業と比較して低額であり、また、被告会社の職場しめつけ強化により労働者の健康破壊も目立っていること、他方、東電労組は会社との癒着が強く組合員の存在を忘れた御用組合であることなどを記載した日本共産党山梨県委員会名のビラが山梨支店の全従業員に郵送された。

(3) ところで、被告会社は、終戦直後における当時のいわゆる電産労組による激しい労働攻勢やその後の東電労組各支部、なかんずく昭和三四年以降山梨支部で活発に行われた職場闘争等に直面するなかで、これらの活動は日本共産党による企業破壊活動の一環であるとの認識に立脚し、以来、職場内の共産党員もしくはその同調者を企業にとり好ましからざるものとして労務管理上その動静を把握し、これに対する種々の対策を講ずるなどして一般従業員にもそれとわかるよう厳しく対応してきた。とりわけ、共産党員として活動し、かつ従業員の地位にあった青木一が被告会社を相手方として提訴したいわゆる「青木事件」、すなわち、上司の清水配電課長から電気不正使用に対し寛大な措置をとるのと引換えに、共産党からの離党届と諸活動から手を引く旨の誓約書の提出を強要され、離党届の提出を拒んだため、右不正使用に名をかりて被告会社から懲戒解雇されたとして右解雇の効力が争われた事件において、原告であった青木側から、本来、その手中にあるべきものではない被告会社の部外秘あるいは取扱注意とされている労務管理等に関する重要な文書や資料が証拠として次々と提出され、被告会社に対する攻撃に利用されたということがあって以来、被告会社は、これまで以上に職場内における共産党員もしくはその同調者と目される者に警戒と不信の念を強くして労務管理上一段と厳しく対処するようになった。

(4) 被告斉藤は、このような状況下において、昭和四五年六月八日、被告会社新宿支社から塩山営業所長として転勤してきたのであるが、同営業所内では、昭和四一年ころから、当時営業所二階で勤務していた原告と、一階で勤務していた名取の両名について、同人らが共産党員もしくはその同調者であることを意味して「上の渡辺、下の名取」との噂が半ば公然と囁かれていたところから、被告斉藤は着任以来、右のような職場の噂に留意する一方、前記青木事件の経過に照らし、また、原告については右事件当時の総務課長から会社側の情報を青木側に流したとも伝え聞いていたので、職制会議の席上等で、原告と名取の両名については書類の管理に万全を期し、会社による指示通達などが外部に漏れないようその取扱いに十分注意を払うことを指示してきた。

(5) そして、被告斉藤は、かくするなかで、前記のとおり昭和四八年暮から昭和四九年初めにかけて被告会社に対しなされた日本共産党による一連の批判宣伝活動に接したわけであるが、同被告は、これら活動は被告会社が内外の危機的状況にある時期を狙い、ことさら事実を歪曲したうえ、被告会社に対する中小零細業者ないし一般需要家の批判と反感を醸成し、更には、会社従業員の不平不満を煽りたて会社への離反を画する意図のもとになされたものだと受けとめ、こうした共産党の動きに神経をとがらせると同時に、前記一二月二八日付赤旗の記事はその報道内容からみて会社内部の者、とりわけ、「山梨県内のE営業所」として塩山営業所のことが名指しで取り上げられていたことから、自己の部下である塩山営業所内の者が日本共産党の構成員もしくはその同調者として被告会社に対する企業攻撃に利用する意図で会社の機密にかかる内部的取扱事項などを外部に漏らしたのではないか、そして、それはかねてより職場内で「上の渡辺、下の名取」と噂され、共産党員もしくはその同調者と目されている原告あるいは名取ではないかとの疑いを持つようになった。

(6) そこで、被告斉藤は、前記のとおり被告会社においては以前にも青木事件に際し、今回と同様、社外秘の事項が会社の意に反し外部に漏れるとの企業にとって憂慮すべき事態が生じたことがあったことから、右一二月二八日付赤旗の記事の出所を明らかにするとともに規律違反行為の有無を質し、これに伴う措置を講ずるとの目的で、まず、前記名取が節電運動に直接関係する需要想定業務を担当していて節電運動に関する所内の秘密につき漏らしやすい立場にあるとして、同人に直接面接して前記赤旗の記事の出所等に関する調査を行うこととした。そして、昭和四九年一月二五日午後三時ころ、被告斉藤は名取を塩山営業所内の応接室に呼んで、「赤旗に会社の節電運動のことが歪曲して出ているんだが君知らないか。塩山営業所のことが名指しで出て、でたらめを書かれて迷惑しているんだ。」とその出所について尋ねたのに対し、同人がこれを否定したためそれ以上追求できず、結局、同人に対する疑惑が晴れないまま右調査を打ち切るに至った。

(7) ところが、同年二月初め、被告斉藤は、山梨支店において同支店次長から、共産党員と目されている原告の義理の弟武井につき、同人が共産党系地方新聞山梨民報の記者に、アラビア石油会長小林中から申請のあった電柱移設工事に関し被告会社が特別に便宜を図って早く工事をしたとの趣旨のことを漏らしたと聞き、職場内の共産党員もしくはその同調者である従業員を通じての日本共産党による被告会社に対する攻撃が依然執拗になされているとの感を強くした。

(8) そのため、被告斉藤は、これら日本共産党による一連の被告会社に対する活動が続けられるなかで、原告についても名取と同様に前記赤旗の記事に関連しその出所等を調査することとした。そこで、被告斉藤は、昭和四九年二月一五日、勤務時間中である午前八時五〇分ころ、塩山営業所内の応接室に原告を呼び出したのであるが、被告斉藤としては、原告が昭和七年生れの独身女性であり、また、その担当も集金整理業務で、仕事上直接節電運動に関与しておらず、名取に比し必ずしも節電運動に関する会社の内部的指示事項等を漏らしやすい立場にあるともいえなかったことから、原告に対する調査にあたってはこれらの点をも考慮し、前記名取に対する調査のときのように赤旗の記事の出所を単刀直入に尋ねることは避けた方がよいと判断し、前記赤旗の記事の出所が共産党員もしくはその同調者であるとの認識で原告との話合いに臨む一方、右話合いのなかで同記事につきなんら言及しないまま、前記認定のとおり原告に対し、共産党員かどうかの申告を求め、原告が共産党員でないと答えるや、更に、これを文書で表明するよう求めるに至った。

(9) しかし、その前後において、右一二月二八日付赤旗の記事に関しては、斉藤による原告及び名取に対する前記調査以外に被告会社において何らの対策も講ぜられていない。

以上の事実を認めることができる。

ところで、被告斉藤は、本件話合い当時、塩山営業所内に、前記一二月二八日付赤旗の記事に関し、原告がその出所に関連しているとの噂が存在し、しかも、昭和四九年一月半ばすぎころには、こうした噂によって職場は疑心暗鬼の状態に陥り、その雰囲気が悪化するとともに、事務の指示連絡方法等業務の運営上にも具体的かつ現実的な支障が生ずるに至っていた旨供述する。

そこで、まず、原告に対する右赤旗の記事の出所に関する噂の存否の点であるが、確かに、原告についてはこれまで職場内に原告が共産党員もしくはその同調者であるとの噂があって、職制がその言動に注目していたこと、また、被告会社では、過去に社外秘の文書等が外部に持ち出され、青木事件の際に会社への攻撃に利用されたとの例があったこと、被告斉藤が右事件当時の総務課長から原告が青木側に会社の情報を流したと伝え聞いていたことはいずれもすでに認定したとおりである。しかし、原告が共産党員もしくはその同調者であるとの噂は具体的な秘密漏洩に関しての噂ではないし、原告がとりわけその種の活動に従事していたとか、原告によりこれまで職場秩序がみだされたといったこともなかったこと、また、原告が青木側に会社の情報を流したとする点もなんら具体的な根拠があってのものでなく、全くの憶測に基づくものであること、とりわけ、原告は漏洩された社内事項と全く関係のない集金整理業務を担当していたことなど、前掲証拠により認められる諸事実に照らしてこの点を吟味すると、一カ月近くも前の赤旗の記事の出所が原告に関連するとして、一般従業員までが関心を持ち、このことが職場内での噂となっていたものとは解し難いところである。更に、当時の塩山営業所の職場状況の点についてみると、仮に、被告斉藤の供述するごとく、職場内が疑心暗鬼の状態に陥り、職場内の雰囲気が悪化し、これに伴い具体的かつ現実的な業務運営上の支障等が生ずるに至ったとするならば、被告斉藤ないし他の職制において、従業員に対しなんらかの措置等を講じてしかるべきであるのに、単に被告斉藤は原告と名取を調査したのみであって、しかも、原告に対する調査は、前記一月二五日の名取に対する調査後直ちには行なわれず、約一カ月近くも経過した二月一五日に至ってはじめてなされているうえ、右両名に対する調査の結果によっても前記赤旗の記事の出所等に関する疑惑が払拭されないままにこれを放置し、その前後において右調査以上になんらの措置を講じていないことは前認定のとおりであって、これらの点からすると、当時の職場内の状況についての被告斉藤の右供述は採用しがたい。なお、東電労組山梨支部発行の昭和四九年四月一日付機関紙「東労やまなし」(〈証拠略〉)には、前記のような赤旗等による一連の日本共産党の批判宣伝活動に対する“組合員の声”が取り上げられ、それらのなかには、前記被告斉藤の供述にほぼ副う趣旨の内容のものがあることを認めることができるけれども、右の内容が直接当時の塩山営業所の職場状況を述べたものとはいえないばかりでなく、右記事は、その報道内容に照らし、当時、被告会社と癒着する御用組合として日本共産党の批判にさらされていた組合によって、もっぱらこうした日本共産党による組織介入を排除し、組合の組織強化を図ることのために掲記されたものであることが明らかであるから、これをもって直ちに前記被告斉藤の供述の裏付けとすることはできない。

(二)  本件話合いの趣旨・目的

以上の事実によれば、本件話合いがなされた趣旨・目的は、被告会社の共産党員もしくはその同調者への厳しい対応関係とそれに照応した日本共産党による被告会社に対する一連の批判活動を背景としながらも、直接的には、石油危機に直面し、被告会社が危機的状況にあったその時期に、被告会社、とりわけ、塩山営業所の節電運動に関する社内事項が日本共産党の機関紙である赤旗に掲載されたことに端を発して、当時、同営業所長の地位にあった被告斉藤が、職場で共産党員もしくはその同調者として噂されていた原告に社内事項の漏洩の疑いを抱いて、その旨原告に出所を質し、もって、職場の規律違反行為の有無とそれへの適切な対処を図ることにあったとみるのが相当である。

原告は、右の点について、本件話合いの趣旨・目的は被告会社から共産党員もしくはその同調者と目されていた原告に対する転向強要にあった旨主張する。

確かに、原告は職場において共産党員もしくはその同調者と目され、日頃その言動について職制から注目されていたうえ、被告斉藤は本件話合いにおいて肝心の用件である赤旗の記事の出所については一言も原告に尋ねていないし、また、前掲証拠から明らかなとおり、被告斉藤は、その後における寺島弁護士らに対する応待の過程でも本件話合いの用件である赤旗の件については全く触れていない。そればかりではなく、本件話合いは名取に対する調査の後、実に約一カ月近くも経過した時点で、しかも、すでに認定したとおり赤旗の記事をめぐる職場状況も決して不安定になっていたとは思われないその時期になされているうえ、本件話合いの内容をみても、その内容は、およそその用件である赤旗の記事の出所を質し、職場規律の是正を図るとの趣旨に即応したものといえないことが明らかであるから、このような諸点を考えると、被告斉藤が本件話合いによって意図したところが前記認定のような趣旨・目的にあったといえるのかについては疑念が全くないわけではない。しかし、本件では、それ以上に本件話合いの趣旨・目的を的確に証明するに足りる証拠がないから、右の事実をもって直ちに本件話合いの趣旨・目的が原告の主張する転向強要にあったとも解し難く、前記認定のごとく被告会社が共産党員又はその同調者に対し厳しい対処をしていたことをもってもこれを推認するには至らない。それに、前記認定のような一連の事実の継起のもとにこれに対応してきた被告斉藤の動機・目的に関する供述もあながち信用できないとして直ちに排斥できない面もあるので、結局、本件話合いは前記認定の趣旨・目的にあったものと解すほかない。

従って、原告の右主張は採用できない。

なお、被告斉藤は、その本人尋問において、本件話合いの目的として、原告の勤務態度がきわめて自己本位的で仕事に対する改善の意欲に乏しく、職場内で孤立・閉鎖的であったとの服務態度上の問題点を正す目的もあった旨供述するけれども、前記証拠によると、原告が職場で同僚から疎外されていたような事実はなく、むしろ、原告は、社内の文化会や同好会にも積極的に参加してその中心的な役割をはたしていたこと、昭和四六年には山梨支店における業務改善提案に参加して賞をとったこともあること、また、これまで原告は、被告斉藤を含む上司等からその勤務態度等につき注意されたことは全くないことなどが認められ、これら諸事実に照らすと、被告斉藤のこの点に関する前記供述はこれを措信することができない。

4  本件行為の違法性について

(一)  共産党員かどうかを尋ね、あるいは共産党員でないことにつき文書をもっての表明を求めることは、直接には思想・信条そのものの開示を求めるものとはいえないけれども、政党が特定の思想信条を基盤としてその政治的な理念を実現するために結成された団体であることに鑑みると、政党と思想、信条とは不即不離の関係にあって、特定の政党に所属するかどうかは、当該政党の基盤とする思想、信条に同調するかどうかを意味するものといえるから、結局、被告斉藤の本件行為は原告の思想、信条の表明を求めたものと解してなんら妨げない。

ところで、思想、信条の不可侵性を規定する憲法一九条は、国もしくは公共団体と個人との関係を規律する規定であって、私人相互の関係について当然に適用ないし類推適用されるものではないと解される(最高大判昭和四八・一二・一二民集二七―一一―一五三六参照)。

しかし、思想、信条は本来内心に属するものの見方ないしは考え方を意味し、右自由に対する保障は人間の尊厳を保持するために不可欠であって、人間存在の根源にかかわるとの重要性に思い至し、また民法一条の二がその解釈基準として個人の尊厳を要求している趣旨に鑑みると、思想、信条の自由は、私人相互の関係においても尊重されるべき契機を本来的に内包しているものといえ、とりわけ、この理は、相互の社会的力関係に相違があって使用者が労働者に優越する労使関係において、より高度の必要性をもって要請されているというべきである。そして、労働基準法三条は、右の趣旨をふまえ、労使の関係に憲法一九条の精神を具体化して、使用者は労働者の信条等を理由として賃金、労働時間その他の労働条件について差別的取扱をしてはならない旨を規定し、もって雇用関係が成立した後の労働者の思想信条の自由を労働条件の差別的取扱の禁止という形態で保障している。右規定の趣旨に併せ、思想信条の有する前記意味合いに徴すると、雇用関係成立後の労使間においては、労働者の思想信条は、これを理由とする労働条件の差別的取扱の有無にかかわらず、それ自体において憲法一九条に即して尊重されるべきものであり、そして、右理念は労働基準法三条、民法一条の二の各規定を通じて雇用成立後の労使関係を律する公序として形成され、かつその旨確立されているものと解するのが相当である。

そうだとすれば、憲法一九条が直接に適用されない私的相互関係である労使関係においても、思想、信条の自由は法的に保護されるべき重要な法益に属するものといわなければならない。

もっとも、思想、信条の自由といえども、これを絶対視することは許されないのであって、他の権利ないし保護すべき利益と矛盾衝突する場面においては制限を受けることがあり得ることはいうまでもない。しかし、思想、信条が人間存在の根源にかかわる重要なものであることに併せ、労使関係における相互の力関係の相違等雇用成立後の労使関係において思想、信条の自由が法的に保護さるべき前叙の理由を考慮すると、労使関係において企業の権利もしくは利益との調整において労働者の思想、信条の自由に対する制限が許容されるとしても、それは社会的に相当なものとして許容される場合、換言すれば、これを必要とする合理的な理由に基づき、かつ、その手段、方法において適切である場合であることを要し、そうでない場合は労使関係において形成、確立されている公序に反するものとして違法となると解するのが相当である。

(二)  そこで、以上の趣旨に基づいて私的相互の労使関係において展開された本件をみるに、被告斉藤が原告と本件話合いをなすに至った趣旨・目的は、石油危機を背景としたその時期に、被告会社、とりわけ、塩山営業所の社内事項が日本共産党の機関紙である赤旗に漏れたところから、当時、塩山営業所長の地位にあった被告斉藤において、右社内事項を漏洩したのは、当時、職場内で共産党員もしくはその同調者と噂されていた原告ではないかと疑い、これを質すと同時に職場規律違反に適切に対応しようとしたことにあったことは先に認定したとおりである。

ところで、被告らは、被告斉藤の行為につき違法性がない旨主張し、その理由として、本件話合いが企業の自由に対する前記の如き侵害行為から職場の規律を回復維持するとの業務上の必要性に基づきなされたもので、しかも、秘密漏洩の客観的な嫌疑に基づくものであるとして、調査の合理的理由の存在をあげる。

なるほど、企業が企業自体の機密を保持し、また、職場規律の維持回復を図る利益を有することは所論のとおりであるが、被告斉藤による原告に対する調査が職場内の雰囲気の悪化やこれに伴う具体的かつ現実的な業務運営上の支障が生ずるなかでなされたものでないことは前記認定のとおりであり、また、原告が塩山営業所の社内事項を赤旗に漏らしたと疑わしめるに足りる資料も皆無に等しいことは本件に現われた証拠に照らして明らかである。現に、原告は漏洩された社内事項とは殆んど関連性のない業務を担当していたことは先に認定したとおりであり、また、青木事件に際して原告が被告会社の情報を青木側に提供したとする当時の総務課長から被告斉藤への伝言も客観的に相当な資料に基づくものではなく、単なる憶測の域を出ないことは被告斉藤の供述に照らして容易に推認されるところであるし、更にまた、原告が共産党員もしくはその同調者であるとして職場内で噂されていたといっても、原告がとりわけその種の活動に従事し、それによって職場規律に影響を与えた事実はなく、ただ、労働組合の主催する各種行事に参加していたに過ぎないことは証人名取の証言及び原告本人の供述に照らして明らかである。

そうだとすると、社内事項の漏洩との職場規律違反の有無を質す趣旨に出たものとはいえ、これを疑わしめるに足る相当な根拠もないのに、ただ単に共産党員もしくはその同調者であるとの職場の噂に依拠して原告に漏洩の疑いを掛け、しかも、業務運営上の具体的支障等のさしせまった必要性に基づかずに、調査の方法として原告と本件話合いをなすに至った被告斉藤の行為は、既にこの点においで問題がないわけではないけれども、仮に、原告に対し右のような調査をなすこと自体については業務上の必要性が是認され、これに一応の合理性が認められるとしても、その調査はその対象が人権に関係する事柄であるだけに調査目的を達成するに必要止むを得ざる事項に限定されるべきもので、これを超えることは許されないというべきところ、被告斉藤が本件話合いによって意図した漏洩にかかる社内事項の出所を質すということと、被告斉藤の原告に対する共産党員かどうかの申告及び共産党員でないことの文書での表明を求める各所為との間には、漏洩された社内事項が共産党の機関紙である赤旗に記事として掲載されたことを考慮に入れても、必然的な関連性があるとはいえないし、また、その目的達成のため必要止むを得ざる関係にあるとも解されない。漏洩記事の出所を質すために原告の思想、信条を問わなければならない必要性、関連性は少しもないし、いわんや、共産党員でないことを文書で表明を求めるその理由がないことはここに詳述するまでもなく明白である。

従って、被告斉藤の原告に対する本件行為は合理的理由を欠くものといわざるを得ない。

次にその手段、方法であるが、被告斉藤は、本件話合いにおいて、原告に対し、いきなり共産党員かどうかを尋ね、原告がそうでない旨答えるや、その旨を文書に書いて提出するよう様々な話題に言及しながら執拗なまでに要求したことは先に認定したとおりである。しかも、本件において看過できないのは、被告会社の共産党員もしくはその同調者に対する厳しい日頃の対応を背景に、原告とは仕事上直接接触することのない職場の最高責任者の地位にあった被告斉藤が、勤務時間中に、独身女性で母親との生活を被告会社からの収入に依存せざるを得ない立場にある原告を応接室に呼び出し約一時間にわたって原告の義弟や将来のことなど様々な話題に触れながら、終局的には踏絵にも等しく、共産党員でないと言うなら書面で明らかにして提出したらどうかと言って要求した点であって、この点で本件話合いは、被告会社の共産党員もしくはその同調者に対する厳しい日頃の対応を除外しては理解することができないといわざるをえず、これらの諸点を前記事実に併せ考えるならば、被告斉藤が原告に求めた共産党員かどうかの申告及び共産党員でないことの文書での表明には、その手段、方法において多分に強制の契機を宿し、これが原告の自由意思に大きく作用したとみるのが相当である。

以上検討してきたところによれば、被告斉藤が原告に対し求めた共産党員かどうかの申告及び共産党員でないことの文書での表明の各所為は、原告の思想、信条の自由に対し譲歩と制限を求めるに合理的理由があるとはいえないし、その手段、方法も適切でなく、全体としてこれをみて社会的に許容される相当性の限度を超えるものといわざるをえない。すなわち、被告斉藤の原告に対する本件行為は原告の思想、信条の自由に対する侵害として違法であるといわなければならない。

5  被告斉藤の責任について

前記4の(二)において判示したところからすると、被告斉藤は本件行為につき、少くとも過失責任は免れないものといわざるをえないから、民法七〇九条により、右不法行為によって原告が蒙った損害を賠償すべき責任がある。

三  被告会社の責任

次に、被告会社の責任につき判断するに、本件全証拠によっても、被告斉藤の本件行為が原告の主張するごとく被告会社の積極的支持承認のもとになされたとまで認めるに足りる証拠はなく、従って、本件行為につき、これを被告会社の行為と評価し、被告会社が民法七〇九条に基づく不法行為責任を負うものとは解せられない。

しかし、被告斉藤の本件行為が、被告会社の被用者としてその事業の執行についてなされたものと認むべきことは、前記認定の被告斉藤の地位及び本件行為の趣旨・目的等に照らして明らかであるから、被告会社は、被告斉藤の使用者として、民法七一五条に基づき、原告が右不法行為により蒙った損害を賠償すべき責ありといわねばならない。

四  原告の損害

そこで、進んで、原告が蒙った損害につき検討する。

前記認定の事実によれば、原告は被告斉藤の右不法行為により、人格の根源ともいうべき思想信条の自由を侵害され、また、右行為を原因として、将来にわたり被告会社あるいは被告斉藤からなんらかの不利益な取扱いを受ける虞れがあるとの不安を抱くなど、精神上多大の苦痛を蒙ったことが認められる。

ところで、被告らは、原告が右不法行為後の同月一八日の朝、被告斉藤から本件話合いにつきこれを全面的に取消すとして謝罪されたのに対し、「それなら結構です。わかりました。」と述べて、自ら責任ある結着をつけた旨主張している。

確かに、原告及び被告斉藤各本人尋問の結果によれば、被告らが主張するように、原告が被告斉藤の謝罪に応じ、同被告の本件行為につき宥恕するかのごとき発言をしたことが認められるけれども、被告斉藤の右謝罪が本件行為の存否の点をも含め原告主張の事実関係を認めたうえでなされたものでなく、従って真の意味での謝罪とは解し難く、また既に認定した原告のその後の行動等に照らすと右原告の発言は、単に被告斉藤の気持を聞いておくとする意味以上のものではなく、これをもって原告が宥恕の意を表明したものと解することはできず、被告らの右主張は採用できない。

しかし、右のような趣旨のものとはいえ、謝罪が一応なされ、また、前記証拠によると、その後の寺島弁護士らを交えた話合いの席上でも、被告斉藤から前同様の趣旨で再度原告に謝意が表されていることが認められ、これらの事情に、被告斉藤の本件不法行為が具体的な不利益につながっていないことなどを含め、その他本件にあらわれた諸般の事情を斟酌すると、原告の右精神的苦痛に対する慰藉料は金一〇万円をもって相当と認める。

五  結論

以上のとおりであるから、原告の本訴請求は被告らに対し、各自金一〇万円及びこれに対する本件不法行為の後である昭和四九年七月一六日から支払ずみまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。

よって、原告の本訴請求を右の限度において認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九二条、九三条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 神田正夫 裁判官 田村洋三 裁判官 土居葉子)

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